2006/07/05

首都ビエンチャン


メコン


ほぼ毎日餃子を食べる


高菜みたいな漬物

ここのラープとカオニャオは最高

ビエンチャンでの宿


夜行バスでいざパークセーヘ


ビエンチャンにも見所は色々あるのですが、そのほとんどを見ずして立ち去る私たちをお許し下さい(笑)やはり都会の楽しみは食にあり。大好きな餃子(遼寧餃子館)を連日食べ、カオニャオとラープをついばみ、ビアラーオを嚥下する。日本の野沢菜そっくりの漬物も発見。


7月5日午前に北朝鮮のミサイル発射ニュースを見ていれば、窓の外から「左へ曲がります!ピピー!」と聞き覚えのある音声が。佐川急便はラオスでも頑張っています。(康祐)

7月2日、草原の広がるジャール平原からバスで10時間かけてビエンチャンへ。VIPバスを使ったのですが険しい山道に乗り心地は・・・。乗り物に弱いラオスの人たちは、バスが発車して1時間もたたないうちに車掌さんにビニール袋を求め、あちこちで「ゲーゲー」という音が繰り返されていました。これで10時間の長旅はかわいそう・・・。そんな思いをしてやって来たビエンチャンですが、都会は私たちには辛いです。南に逃げようと思います。ラオス最南端にあるコーンの滝群を見に出発します。滝は私たちを癒してくれることでしょう。(美穂)

2006/07/04

Maly Hotel





ポーンサワン(シエンクアン)で滞在した宿は“マリーホテル”という宿です。一晩8ドルというポーンサワンでは高値の宿です。しかしこのホテルに滞在したのは、オーナーであるスーサットさんのジャール平原を整備していこうという姿勢に感銘を受けたからであります。ジャール平原ツアーではホテル併設のスーサットトラベルを利用させて頂きました。ガイドのスーンさんの親切なナビゲーションで、ツアーを楽しく回る事が出来ました。ホテルのマネージャーさんにはインドシナ戦争のドキュメンタリービデオを見せてもらい、ラオスでおこった戦争をほんの少しだけ知ることが出来ました。
Tシャツは地雷・不発弾除去作業にあたっている組織の展示を見に行った際に購入したものです。(康祐)

少し暗くて見えにくいかもしれませんが、康祐が写っている写真は“マリーホテル”のレストランの写真です。後ろの壁にに撤去された地雷や不発弾が沢山展示されています。手前にある黄色い燭台も爆弾です。“MAG”と刻まれたコンクリートの標識の写真は地雷・不発弾撤去後の安全な場所を知らせるためのものです。白く塗りつぶされている側が安全な場所で、遺跡まで続いている小道の両脇(幅1メートル位)に設置されていました。ガイドさんはそれ以外の場所は責任が持てないと言っていました。
“マリーホテル”で見せていただいたビデオには実際に地雷の被害にあった方や、戦争時代の辛い記憶を語っている方の映像などもあり、じつに生々しい内容でした。英語のナレーションなので分からない部分もあったのですが、見せていただいてよかったです。ラオスでどんなことが起こったのか、垣間見ることができました。ラオスがとてもよい国なだけにとても悔しい気持ちになりました。(美穂)

2006/07/03

インドシナ戦争の傷跡2









前頁で写真が載せられなかったのでこの頁で紹介します。
現在、危険な不発弾もラオスの人々の貴重な資源の一部になっているのも事実のようです。柱の一部やプランター、ろうそく立てやスプーンに加工され利用されています。
写真の洞窟は戦争中に防空壕として使われていたそうです。

インドシナ戦争の傷跡1

ジャール平原は遺跡自体も見ものなのですが、その周囲の風景もとてもすばらしい所です。遠くまで広がる緑豊かな丘や水田がとても美しいです。そんなのどかな景色の中に所々大きな窪みが出来ていました。それはすべて爆弾の落とされた跡と聞き、とてもショックを受けました。ベトナム戦争時代に北部ベトナム軍が南部に侵攻するためにラオスを通り抜けていた(ホーチミンルート)ため、それを阻止する目的で沢山の爆弾や地雷が使われたとのこと。インドシナ戦争で使われた爆弾の4分の1がラオスで使われていたとのことです。何も罪の無い多くの非戦闘員も被害に遭ったそうです。爆発で壊された遺跡も多くありました。
遺跡を歩いている時にも印のある限られた範囲しか安全が保障されていませんでした。でもラオスの人々はその範囲外で農作業を行っています。そうしなければ生活が成り立たないからです。そのため未だに不発弾による死傷者が出ているとのことです。私は恥ずかしながらこの地に来るまでこの事実を良く知りませんでした。そしてこの戦争についてまだまだ知らなければならないことが沢山あると思いました。(美穂)

インドシナ戦争について考えるようになったのは、インドシナを歩いてからの事。自ずとそれは時を遡って大東亜共栄圏を題目にこの地に介入した日本の歴史も合わせて考える事へも移行していく。とにかく僕は今の時点でかの戦争について語れる程ものを知らない。その後いくつかの戦争がインドシナ半島に起こり、その傷跡が依然として各地に点在しているのは事実だ。ジャール平原に処理しきれずに残っている地雷・不発弾もそのひとつである。その撤去は未だに続いている。完全な撤去を終えるには途方も無い年月が必要であろう。
アメリカ軍のラオスでの戦争介入は当初非公式であった。ベトナム戦争での介入は世界的に知れ渡っていたが、ラオスでのそれは知らされていなかった。そして多くのラオス人そしてモン族がこの戦争で傷を負った。
この戦争で使われたクラスターボムは凶悪な兵器である。戦闘機より降下されたこの爆弾は地上へ落ちるまでに2度拡散し、広範囲にダメージを与える。その仕掛けの巧妙さには製作者の悪意を感じずにはいられない。むしろ仕掛けを楽しんでいる感じさえする。ベトナムでのナパーム弾もしかり。
“罪の無い人々”という者はあるのだろうか。戦争を招き入れた国民に罪が無いと言い切れない。しかし人を傷つける気も無い人々が無差別に殺されなければならない理不尽は許されるべきではないと僕ちゃんは思う。(康祐)

ジャール平原















ルアンパバーンから7時間半。バスで山道を移動してポーンサワンに到着。険しい山道をバスはタイヤを軋ませて猛スピードで走りぬけました。ここにはジャール平原と呼ばれる平原が広がり、そこに無数の壺のような形の石で出来た遺跡が点在しています。大きなものは人の背丈以上もあり、ちょっと不思議な光景です。ラオスの人は、古代人がお酒を入れていた酒壺だと信じているようです。考古学者は石棺だと考えているようですが・・・。個人的には酒壺の方がうれしいな・・・と思っています。(美穂)


宮崎駿のアニメ『千と千尋の神隠し』を御覧になった方、千尋が別世界に迷い込み油屋へ向かうまでの緑の丘と青い空、そして転がっている石像のシーンを憶えているでしょうか。ジャール平原サイト1はまさにあの光景です。ジャール平原はサイト1・2・3と三つの見所に分かれ、それぞれ異なった趣きを持っています。サイト2では低い木々の元に石壺、サイト3では水田を抜け牧場をとおり遺跡群に辿り着きます。3つのサイトで共通するのは、地雷および不発弾を除去した道以外は歩けないという事です。(康祐)

ルアンパバーンお勧めショップ

5000キープで盛り放題のビュッフェ
ルアンパバーン名物

サンドイッチ屋さん
注文してないのに私たちを見かけると作り始める(笑)

マノーゲストハウスのレストラン
良く冷えたビアラーオは最高!

マノーのツナサンド
ステーキサンドも美味!

玉子豆腐

鶏肉と野菜の煮込み
ラオスの郷土料理

ラオスの海苔

マノーからとほ1分の中華料理屋
海鮮あんかけかた焼きそば

スイーツ
ココナッツミルクにチアシード・寒天・ナタデココ・豆・フルーツ

ルアンパバーンでお世話になったのはマノーゲストハウスです。部屋はとても清潔にされていて居心地が良かったです。エアコン付で6ドル、エアコン無しで5ドルと格安でした。部屋の写真は取り忘れたので、一階にあるレストランの写真を載せます。(美穂)

正確にはルアンパバーンでの最初の2泊はクーンサワンゲストハウスに滞在。『歩き方』には清潔を強調した情報でしたが・・・。部屋が広いのと、自由な環境がとても良いです。
ルアンパバーンでの食事の多くを担ったのが、写真にアップされている惣菜屋さんと、サンドイッチ屋さん。ベトナムでは“バインミーティット”、ラオスでは“カオ・チー・サイ・クァン”。フランスパンに野菜やハム・肉を挟んだサンドイッチ。
惣菜屋さんはナイトバザールにあります。12センチくらいのお皿に沢山の惣菜の中から好きなものを選び、乗せられるだけ乗せて5000キープというリーズナブルで美味しい店でした。ただし揚げ春巻きは別料金(1000キープ)。しかし僕らが行くと注文もしてないのに勝手に乗せてくれます。美味しいからいいんだけどね。その他にもラオス名産の海苔や郷土料理、マノーゲストハウスの近くの中華料理屋でのかた焼きそばや玉子豆腐。
最後にカンボジアのスイーツ。ミルクの中に好きな具を選んで入れ、かき混ぜながらいただきます。美味!(康祐)

2006/06/28

ラオスでの出会い





クアンシーの滝の帰り道、モン族の村へ立ち寄った。滝の見学もさる事ながら、道中の美しく素朴な光景がまた良いものでした。(康祐)

クアンシーの滝近くの売店で16歳の可愛い女の子にラオス語を教えてもらいました。彼女もまた日本語を一生懸命勉強していました。
写真の子ガモと男の子は立ち寄ったモン族の村での出会いです。子ガモに近づいたら母ガモが必死で怒ってました。(美穂)

クアンシーの滝







6月27日、ツアーに参加してクアンシーの滝に遊びに行きました。車で一時間程の所にありました。滝つぼが何段もあって、それぞれがプールのようになっていて泳ぐことができるようでしたが、私たちは水着を持っていかなかったのでほかの人が泳いでいるのを指をくわえて眺めていました(残念)。この滝に行く機会のある人は是非水着を忘れずに!着替える所もちゃんと用意されてました。(美穂)

滝周辺の土壌、もしくは水には多くの石灰質が含まれていると思われ、その為、鍾乳石の成長に良く似た地形が構成され、美しい景観を作り出しています。川の水もターコイズブルーのような、不思議な色でとても美しかったです。ツアーに参加したメンバーもとても気の良い人達ばかりでした。日本人のマイコさん(間違ってたらごめんなさい)は旅のエキスパートで色々と参考になるお話を聞かせて頂きました。小柄な外見からは想像出来ないバイタリティーには脱帽です。(康祐)